開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

哲学は考える場を作る

「言葉で人を殺す」という表現は、その当時ぼくがすでに知っていたことではない。もし知っていたら言葉に対する耐性のようなものができていて、あれ程までに落ち込まなかったと思う。その表現は数年経ってから忘年会の席で社長の訓話のような話の中で出てきたものだ。ぼくとの間で突きつけた攻撃の言葉があれから気になって残っていたかのように、ぼくには思えた。もちろんそんなことには一言も触れず、自分の多分青年会議所等で聞いた話を持ち出して言葉の使い方には注意がいるという一般論として述べたに過ぎないだろう。しかし、何か唐突な感じがして妙に記憶に残っている。ひょっとしてあれからぼくが人格が変わったように静かに目立たないようにしていたのが、何かやましい思いを抱かせたのかもしれない。

人間の長所と短所は背中合わせであるとか、ピンチはチャンスという表現は的を得ているとあなたは思うだろうか? 短所を短所としていつまでも持ち続けることは苦痛なので、長所に転換しようとするのでそうなるのだ。同じようにピンチに陥ったままでは生きていけなくなれば、チャンスに変えなくておれなくなるのは自然な成り行きである。あの日から会社はほとんど定時で帰宅するようにして、途中本屋に寄って何か心に力をつけてくれそうな本を探す毎日が続いた。最初はビジネスのいわゆる自己啓発書が目に止まって、ウェイン・ダイヤーの文庫本を何冊か読み漁った。それなりの解決策になりそうな考え方は参考になったが、ぼくの受けた傷の深さには届いていないような感じがした。そのころに村上春樹を読んでいたら多分嵌っただろうが、そのころの印象では表層をファッショナブルに漂うだけの小説だとバカにしていた気がする。ぼくが嵌ったのは竹田青嗣の哲学入門書だった。哲学は考え方の原理を教えてくれる。その原理から考えられればたとえどんなに偉い人の意見でも、またマスコミ報道でも距離を置いて自分で捉え直して考えることができるようになる。まずは哲学が力になるのはそういうことだ。哲学の概念というものは、思考の構成要素になるとともに現実に生きているものである実感を与えてくれる。概念は決して死なない。哲学の歴史は、概念がどんどん増えて有機的に組織化される世界を描き出すものだ。だから色々な哲学があるように見えるが哲学の世界は、一つの秩序を形成していることに気付いた時には大きな宇宙が開けた感じがしたものだった。その大きな世界でぼくは自分が受けた傷について考える場を心の中に築くことができた。短所が長所になったのだ。