開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

生きていてよかったと思える目標

生きていてよかったと思える目標とは、自分が一番大切にしていることを実現することだ。何を一番大切にするかは、自分がそれに従事している時に最大限に愛情を注げるかどうかを条件に選ぶ必要がある。一切嫉妬しない生き方となるはずだ。もし十分な時間が与えられているのなら、その目標が何かを知りすぐに目標を達成する行動に出たいと思う。ただそれを知ることがなかなか出来ずにいる。消去法でいくと、旅行、読書、ボランティア、写真撮影の趣味、映画・音楽・絵画などの鑑賞、テニス・登山などのスポーツ、英語学習などのなかに目標とするものはない。政治や宗教や教育に関わる社会活動の中にもない。やはり考えることや書くことの中に目標とするものがある気がする。大きな分野というか領域は「考えることや書くことの中」だとして、どんなことを目標にすればいいのか?そう考えていくとどうしても他者による評価という側面が出てくる。一つだけ確かに言えることは凡庸であっては駄目なのだ。だとしたら、「考えることや書くことの中」には才能がいるということなのか。もし自分に才能がなかったら、いくら「考えることや書くことの中」に目標を見出しても無駄になるということなのか。無駄になっても自分が死ぬ時に生きていてよかったと思えればいいのだ。ただ、また戻ってしまうが、生きていてよかったと思えるには確かな実感が必要で、それには誰か確かな評価者が必要なのだ。そうすると何らかのコンテストに挑戦することが要請されるが、それを目標にすべきだという結論になるだろう。ただ、、、と言い訳したくなるが、それはやめておこう。まず、考えをまとめる文章を一つ書く、これを目標にしよう。