開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

停滞期の過ごしかた

ここしばらくやる気が起こらず、すぐに眠くなって抵抗できずに眠ってしまうことが続いた。これはひょっとしてナルコレプシーなのではないかと心配になって、ググッて見たが違うようだった。しかし二度も昼寝をするようなことは今までなかった。どこか異常(いつもと違う)だった。まずそれらしい原因を考えてみる。思いつくのは、一ヶ月ほど前目標を作って曜日ごとにやることを設定して、うまくいかなかったことだ。英語と小説と経済学、哲学それぞれの本を曜日を決めて読みそれを週間ごと繰り返す、というだけのものだった。本を読むのに小説以外の本も継続的に読んで読了したいという思いがあった。また英語の学習は毎日やらないと効果がないので、もっと本格的にやろうと習慣づけたかった訳である。それが三日と持たず挫折して自信をなくした。本を手にとって読み始めて30分以上読み続けるだけのことが、意外と難しい。何を読むか予め決めてあるとどうしても手に取れないのだ。読む気が起こらないという壁ができてしまった。義務感が生じてしまうのだろうか。義務でもはや動く気になれないようになってしまった。もはや興味が起こらないと本を手に取ることができない。

もう一つの原因は、このブログである。自分のためのメモ書きや書く練習のために始めたブログなのだが、次第に読まれることを期待するようになった。読まれないブログはやっている意味がない、と考えるようになってきたのだ。自分の考えたことを書くこと自体が楽しかった時期を過ぎて、誰かに読んで欲しくなったのだ。そうするとアクセスが少ないと自信を失うことになる。前にも書いたことだが、今回も何度かこのブログを閉じてしまおうと考えた。いつでも閉じることはできる、というだけで続けている感じだ。

さて大切なのはこの停滞期(=後退期)をどう過ごすかだ。自信をどう回復するかだ。実を言えば今これを書いている時点で、すでに幾分かは回復している。それは何がよかったのだろうか?まずは無理な目標は立てないことにして、毎日のリストを破り捨てたことだ。目標ではなく、興味をコントロールすることで読書のやる気を回復した。今まで何を読むかは、興味より読むべきを優先していた。例えば反戦につながるか、というような立ち位置を持っているかが重視された。その制限を外そうと思う。文学は自由であってどこまで自分の問題を切実に追求しているかが感じ取れればいい、と思う。あと、このブログについては、記録という範疇を守りたい。つまり継続するということだ。