開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知るために、そしてそれを解くために。

村上春樹の読者

文学に力があるとしたら、どんな権威にも頼らず自分の感性と良識に従って生きる力を、自身の読解力によって受け取る作法を教えてくれることだと思う。今日、読書会の仲間で80代のおじいちゃんが、村上春樹の「アイロンのある風景」を面白かったと電話してくれた。村上春樹は初めて読んだに違いなく短歌の趣味もあるご老人の、村上春樹を面白いと感じるその感性をぼくは素晴らしいと思った。「ワシャー学ハナイケレド、ヨンデ面白カッタカラ、感想ヲカイテアンタニオクルヨ」と元気な声で言った。彼は術後の体調が思わしくなく、公民館で毎月行われる読書会には出られないので、文書で参加したいと「会長」であるぼくに電話してくれたのだった。考えてみれば村上春樹ももう70代になって立派な老人だ。いつまでも若いのは、あの時代が自身にもたらしたものを生涯かけて探求しようとしているからだと思う。村上春樹の読者は若い人だけじゃない。村上春樹文学は、これまでの文学受容者とは違う感性の読者を獲得していると思う。ちょうど、「アイロンのある風景」に登場する啓介や順子のような、普段本など読まないような「読者」だ。つまり学校などが作り出す権威に染まらない読者だ。

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