開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

第一の人生はどうだったか?

第二の人生というステージにきて、初めて第一の人生はどうだったかが分かる。深い認識というものはその時の世間的な規制から離れなければ得られないようにできている。私には親からの受け取る経済的資源はなかった。賃労働者になって会社の奴隷になるほかなかった。その認識はサラリーマンの間は結果的に持ち得なかった。もちろん知識としてはあったが、自分を根本から否定する奴隷という認識には至らなかった。マルクス主義は自分の思想にはなり切れていなかった、と認めなければならない。自分には売れる技術があって、それを実際に試すことがサラリーマンをやりながらの実践だと思っていた。仕事という観念には絶対的な価値があった。社内デザイナーだったので、デザイン料という市場価格が分かり、どれだけ稼いだかが給料との差として目に見えていた。極端な差がなかったことが賃金奴隷であり続けた原因の一つかもしれない。またデザインは売れないこともあった。その場合は会社から保証を受けているし、経済的安定は独立したデザイナーよりはあったことになる。つまりは賃金奴隷として雇われている方が楽だった。楽な人生を選んでしまったことは一面の事実である。仕事とは別のところで決して楽はできなかったが、それはサラリーマン人生では耐えるべきことであった。