開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

構築するには形式が必要だ

小説を書いてみたいとずっと思っているが、なかなか書ける気がしない。小説も構築物の一つだなと思って今日もまた構築つながりで書いてみようと思う。音楽は、五線譜という区切られた空間に音符が配置されることで成り立っているように、極めて構築的なものだ。小説の場合、形式はなく全く自由であるように思える。人物を造形して、これも造形した空間の中に登場させる。人物は生きているから呼吸して、あまり静止できないから動かざるを得ない。動かすのは作者である自分だ。その人物は自分が造形するのだから多少自分と似ているか違うか、とにかく自分の身を削ってつくることになる。これまで出会って付き合った人物の中に反映した自分というものも、造形の元になるかもしれない。私は両親の子供であったし、3人兄弟の中の長男という位置にあって、そのような役回りを演じてきた。自分がそこにあったし、同じ環境と時代を共有してたわけだ。でも小説はなかなか生まれてこない。一体どこから生まれるのだろう。小説が構築物だとしたら、必ず形式は必要なはずだ。源氏物語の世界から現代の様々な小説が生み続けられていて、読まれるのを待っている。ぼくの小説もその中にいずれ入っていくことができるのだろうか、、、パロディというのは一つの形式には違いない。他にどんな形式があるのだろう?