ぼくが会社は人を精神的に殺す場所だと断ずるのは、具体的な体験があるからだ。ぼくがサラリーマンであった会社で友人でもあった仲間が、無理な配置転換を受け続け、鬱になり長期休暇をサナトリウムで過ごすようになり、ある日誤飲が元で死亡したのだった。社長も引け目を感じたのか、社葬がその社員のために立派に行われた。きっかけは彼の落ち度ではなく、社長の友人を自分の会社に引き入れるために、社長の付き合いを優先した人事を行ったことにある。(社長の友人が入ったことでその部署を追い出された格好になった)慣れない部署への配置転換で悩みを聞いていたぼくは、転職を勧めていたが目の前の苦痛の方が身近に感じていたのか、会社を辞める決断ができなかった。最初の配置転換で成績が悪くなると次の配置転換が命ぜられた。最終的に彼が向かないことが明らかな肉体労働が主の部者に移り、年下の上司の下にこき使われていた。とうとう耐えられず鬱となって長期休暇の処置が下された。比較的症状が穏やかになった時は、サナトリウムから出社することがありその時に顔を合わせたが、もうすでにぼくには彼が廃人のように見えて、声をかけることができなかった。その時彼にすまない思いを抱えてしまった。彼はいわゆる人のいい奴だった。会社は人を精神的に殺す場所で、社畜として生きていかなければならないという認識を持てれば、むしろ耐えていけたかもしれなかった。