開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

ぼくも冷たい日本人だった

月曜日の午後に、テニス教室に行くことになっている。現在5人が固定した生徒なのであるが、時々ビジターで試しに入学してくる生徒がいる。今日はなんと79歳のおじいちゃんが加わった。会社を定年になってからテニスを初めて20年近くになるということだったが、見た所その蓄積は確実なスキルの向上に繋がっていないように見えた。つまり基本的なフォームになっていなかった。以前80代のおじいちゃんが参加したことがあるが、彼は若い頃からテニスを始めていてフォームができていた。いわば彼はテニスにおいて自立していて、生徒の一人としてすぐに溶け込んでおられた。だから多少のミスでも安心していられる。ところが今日のおじいちゃんは残念ながら自立されておられなかった。この教室では、毎回コーチが今日の練習メニューを説明して、生徒はそのメニューの動きを再現する必要がある。例えばベースラインから深いボールをバックハンドでロブをあげて、相手のコートの後方へ運ばなくてはならない。それにはラケットをスライス面でボールを乗せるようにして、肩の回旋で打ち上げなければならない。相手側はそのボールをスマッシュで打ち込むことを求められる。ロブとスマッシュの練習だからどこかでミスをすると他の生徒の迷惑になる。レッスンが終わってから、「最初は戸惑って誰でもミスはしますから」とぼくはその79歳のおじいちゃんに声をかけたが、気落ちしているおじいちゃんは「迷惑じゃないですか」と聞く。もちろんとんでもないというそぶりを返すのだが、「お互いさまですから」という言葉には力を込められなかった。励ますまでには自分は初対面の人に近づく気になれない。正直なところ新しいメンバーとして歓迎する気持ちにはなれなかった。自分の仲間として見られない人には冷たいのが、日本人だと言われていることは知っていた。残念ながら、今日のぼくはそういう冷たい日本人の一人だった。