開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

無意味に向き合う

あまりにも人生無意味だとする無気力人間が多いので、むしろ人生には意味があるという方にぼくは賭ける。もっと正確にいうと、最初は意味はなくて、だんだん無意味に飽きてくると、意味を感じたくなるのだ。さらに言うと、少年のぼくの周りには意味があふれていたのを徐々に壊す方に真実を感じていたのが、いつか壊し尽くしてしまうと違うものを求めたくなってくる。ひょっとしたら、意味はあるものじゃなくて作るものかもしれないと、これまでの考えを変えてみてもいい気がしてくる。ぼくは確かに感情のない無情の男だった。好奇心や女の子に興味はあったから、勇気を出して付き合って欲しいと意思表示はできた。でもどうやって先に進んでいったらいいか分からなかった。うまくイメージが浮かばなかった。flirtするなんてことはさっぱり理解できなかった。相手の表情や仕草や上部の意味と反対の言葉などは、よく考えなかった。そこには意味があったのに理解することはできなかった。最初は出来損ないに出来ているとは、全然気づけなかった、、、

つまりぼくの言いたいことは、過去は学ぶために大事にしなくちゃいけないということ。せっかく生まれたのだからいろんな失敗から学んで、意味を積み上げていかなければもったいないということだ。過去の苦しみを忘れるのでなく、意味に置き換えて離れていくのが生きるということじゃないかと思う。