開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

67歳の今なにをすべきか

61歳で退職して無職になって6年が経つ。その今の時点で何をすべきか、自分の心に訊いてみたいと思う。今朝テレビで松茸の産地を紹介していて、松茸の焼いたものやすき焼き、土瓶蒸しなどの松茸づくしが1万円で食べられる店を映していた。そういえば松茸なんてもう何年も食べていない、と夫婦で話していて、今度食べに行こうと定年後の夫婦によくある会話をしていたのだった。そんな風に今までできていなかったことをしていくのは悪いことではない、というかそれが一般的な定年後の過ごし方になるのだろう。ただそれだけではぼくの場合、実存的に物足りなさというか違和感を覚える。贅沢かもしれないが浪漫が人生に欲しいのだ。芸術家の作品と生き方をずっとみてきて、体に染み付いている。最近美術館で久しぶりに出会った、マルセル・デュシャンという名前に惹かれていきそうな予感がする。彼は21歳ですでに引退してニューヨークでチェスをしながら隠遁生活を送った。だがそんな巨匠の真似をしてみても虚しいだけだ。だた気になったコンセプトがあって、それは生活そのものを芸術にする、というものだった。それは自分でもできそうな気にさせる。一体どうすればいいのだろう?まずは広い意味の芸術家になるということだろう。自称、アーティストというところだろうか。それは素人のアーティストとどう違うのだろうか?素材は、風景や人物や音や色や形象では無く、ぼくの場合は言葉や観念のように思える。