開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

大事にされたことが身にしみた(再)

It’ll be that one was the one how much does which have value for itself after that person loves me. 「あの人が私を愛してから、自分が自分にとってどれほど価値あるものになっただろう。」

ゲーテの言葉だ。この言葉に触れた時、あの人を彼女とし、自分をぼくだと考えた。ぼくが男だからそうなるのだが、女性がこの言葉に触れる時は、あの人が彼で自分はその女性になるだろう。英文ではどちらでも取れるように、oneとpersonを使っている。しかし、女性は一般的に愛される方が多いのに対して、男性が愛されるのはあまり耳にしないのではないだろうか。それとこれも一般論だが、愛情について言われるとき、愛するという行為の方に積極的価値を置き、愛されるという受ける方の価値についてはあまり言及されていない気がする。もっとも女性は愛されることの幸せを第一に求めるだろう。

ぼくとしては自分が愛されることがあるとはずっと思えなかったので、愛されているのだと初めて気付いた時には、心のそこにじわっと熱いものが湧いてくるのにしばし我を忘れたものだった。自分が初めて肯定されて、世界も受け入れてくれたように感じた。自分に価値を感じるというのは温かいものに内臓が触れることだと思う。人は愛されたまでいかなくても、大事にされたことがもしなかったら、愛する事はできないのではないだろうか。よく言われるのとは逆に、人は愛されることによって初めて愛を知り、愛を返すようになるのかもしれないと思った。

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