開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

孤独で誰からも無視されていた

もうどんなことを書いて傷ついても、その傷の中に沈潜して回復するだけのたっぷりした時間があるのだから、過去に苦しく孤独で誰からも無視されていたことがあっても平気で振り返ることができる。自分だけが周りから拒絶されて、寂しい穴の中に気が落ち込んでいくのをなす術もなく、じっと佇むしかない時間をぼくは知っている。ただ阿呆のように呆然として、自分の中に閉じこもろうとしているのを果たして誰も見なかったのだろうか?ぼくには友達が身近にいなかった。孤独を打ち明ける衝動にかられる相手は、電話したくなる時、心を開いてくれなかった。電話でそのような言葉を知らなかったから、しばらく無言のままで受話器を置いていた。映画を見ても好きなミュージシャンの曲を聴いてもダメだった。寂しいままだった。まだその時はアルコールや薬物に頼るような年齢には達していなかったのが幸いだったかもしれない。

今だったら君にぼくの寂しさをうまく説明できるかもしれない。今だったら、このパソコン画面の向こう側にぼくと無関係に繋がっている人々の中に、君のような善意の人の存在を想定することができるが、子供だったぼくは世間知らずで常識の範囲がどこまでかも知る由もなかった。思えば誰かから慰められたことが無いかもしれない。勝手にこちらの都合のいいように、慰めの対象を見出していたことはあるだろうが。

ぼくの感じる寂しさは、自分の傲慢さの当然の罰かもしれない。何か知らずに傲慢な態度をとったのかもしれない。街で歩いていて偶然知り合いと目があって、ぼくが挨拶しようとした瞬間、相手は目をそらし気弱そうに頷いたと同時にすっと歩いて行ってしまうことが過去に何回かあった。小学校では友達だった同級生が同じ中学に進学していて、道でばったり会うと、これ見よがしにぼくを避けて通り過ぎて行ったこともある。

大学受験の時、相談していた大学生の人をぼくが受験に合格したあと大学構内で見かけ、お礼の挨拶をしようと待ち構えていると、その人は完全に無視して歩き去った。その時の傷は無意識にぼくの心を傷つけ続けていたと思う。全く眼中にない感じだった。ただ見覚えがなかっただけかもしれないが、ぼくは自尊心の強い方だった。あれからぼくは周りの人たちを傲慢に無視するようになったかもしれない、、、

f:id:hotepoque:20210101210025j:plain