開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

英語人格について

以前の僕のブログで、リタイア後の第二の人生を英語人格で始めるという趣旨のことを書いたことがある。その時に以下の英文も掲載した。

Crysis after retirement?
At this rate, I will end up being just an old man.
I think that reading only books only traces the lives of others.
I have to start my own life.
First, let's draw what I want to be in the future.
Not long ago I was drawing a writer.
Although I like being a writer, when asked if I really like it, I think it's a little different.
Similarly, when I ask if there is a future I really want to be, I don't know.
What's wrong with being just an old man?
What do I want in the end? Can I get the answer if I keep thinking about it?

あのブログではもう英語人格になって英文を書いたような印象をもたれるかもしれないと思いながら、それを否定しなかった。どうだ、ここまで英語を書けるんだと見栄を張ったかもしれない。それと自然に英語発想ができる感覚は、あの時は簡単かもしれないという発見があった。ところが少し英会話の初心者向けの動画を見てわかり出したのは、その感覚はかなり上級者のものだということだった。正直に言おう。あれはGoogle翻訳で訳したもので、その翻訳を見てそこに自分の言いたかったことがズバリ英語で訳されていて(つまり英文は理解できた)小さな感動を味わったのだった。自分の言いたかったことが英語になった感動のまま掲載してしまった結果、ウソを書いてしまった。やはり自分の心の中に疚しい気持ちがあると前に進めなくなる。(「松永久秀の平蜘蛛」を信長に献上する光秀の気持ち)