開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

新しいブログに向けて

先日書いたブログで、すでに人生の目的が自分や自分の家族のために生きることでなくなったと書いた。ということは、過去に自分のための人生を充実させることを目的にしていたことがあるということだ。そう、サラリーマン時代はずっと自分のことが最優先にあった。競争環境にずっと置かれていたからだ。人生の敗者にならないように自分に力をつける必要があったからだ。今は退職して、その競争環境からは逃れられている。定年という制度をありがたいと実感している。今は自分を優先に考えなくても済むので、精神的にはこんなに楽で、開放感を味わっている。すでに十分充実した生活を送っている。明日は天気が良さそうなので、テニスを仲間で楽しむ予定である。自分が楽しいだけじゃなく、みんなで楽しむことができる。昔はぼくの家に呼んで、ささやかな忘年会もやったこともあって、その時の雰囲気は今でも思い出して心底癒される時間だったと思える。

先日のブログでは、真実に生きることをこれからの自分の目的にしたいと書いた。真実の目からみると、サラリーマン時代は自分を失い社畜として働いていたと思える。社長からのパワハラや、年下の上司からのマウンティングなどの屈辱に耐えなければならなかった。退職してからはその企業での常識を根本的に疑って、負の体験を自由な個人の物語として乗り越える、表現活動に転化しようと考えている。それは自分のためでもあり、今社畜に置かれている人たちのためでもある、と思っている。表現というのは必ずしも、小説などの表現ということではない。企業で働く自分の姿から、徹底した深掘りをするということである。また、自分を失っていたということは、妻との家庭生活においても負の環境が心身ともにあった、ということでもある。今思い返すと、共働きの私たち夫婦は同志だったと思える。そのことも表現してみたいと思う。時間はこれからもたっぷりあるのだから、苦しいことも予想されるが頑張って書いていきたい。