定年後会社から離れて居場所を求めていた頃、とにかく地域社会にとけ込むことが頭にあった。会社から地域へというのがまず大きな変化だとよく言われていた。ボランティアをすることが勧められていた。代表的なのがシルバー人材センターに登録して働くことだったが、ぼくはもう働くのはうんざりしていた。ひと頃は畑を借りて野菜などを育てることが流行った時期があって、土いじりも良いかなと考えていたこともあった。イメージとしては晴耕雨読という言葉もあり定年後を過ごすにはピッタリだったが、でも始めることはしなかった。今思い出したが、テニスはそこそこできたのでコーチの助手でボールを生徒に配球するバイトを金沢市の体育館で1年くらいやっていたことがあった。助手だといっても正確さが必要で、意外と難しい事がわかって辞めることにした。少しなめていたかもしれない。コーチに迷惑をかけてたかもしれない。それにぼくは人に何かを教えることには向いていないと気づいた。我慢強くなく、飲み込みの悪い生徒にはイライラするのをどうしようもなかった。それにコーチの助手という立場も十分わきまえる必要があった。そのコーチはテニスコーチの資格を持っておらず、自己流で教えていた。後で聞いてわかったのは、学生の頃はハンドボール選手だったそうだ。明るくハキハキしたスポーツウーマンで、そもそもぼくとは相性が悪かったかもしれない。そのバイトを辞めてやはり何かに所属する事が必要だった。所属という在り方が精神的な安定につながるのは真実だと思う。本を読むことは一人でするものであるのは当然なのだが、サラリーマンの時に高校の同級生二人と読書会をやっていて、共通の読書経験の積み重ねには何かあると思っていた。地域の公民館サークルにも読書会があるのをホームページで知り興味を持っていたが、メンバーはほとんど女性でしかも自分より当然ご高齢であった。地域社会にとけ込むというのは、そういう人たちと楽しくお付き合いするということを意味した。