開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

会社との間に壁をつくる

社長の言葉による攻撃に対してぼくがとった最初の対抗策は、自分と会社の間に壁をつくることだった。もうそれ以上言葉の進入を許さない強固な壁を作って防衛することを考えた。養老孟司は人生には3通りの生き方があり、壁の内側で生きるか、外側で生きるか、壁の上に登って生きるかだとし、自分は3番目だったと述べた。ぼくは学生運動の経験から、壁の外側で生きることもイメージできたがその覚悟がなかった。就職して壁の内側で生きる方を選んだが社長はそれを許さず、外側に追放しようとしたが、ぼくは壁の上に登ってひとまず退避した。壁の上だから引きこもるわけでもない。風通しはいいし、見晴らしもいい。壁は内側にも外側にも接している。それは個人として孤独な闘いに生きることだった。どのような環境に置かれようと最終的に、「それ」を認めるか否かの決定権は自分にあり、相手の側に決定権を与えてはならない。以前このブログにサラリーマン時代を自嘲的に強制収容所生活だったと書いたが、強制収容所という環境だったとしても魂は自由だという生き方はとれる。ぼくは魂を磨くために多くの本をむさぼり読んだ。唯識に出会ったことは過去のブログで書いた。心は深く深く掘っていってほとんど無限の領域を段階的に辿ることができる。唯識の体系の言葉になっているのだ。ああ、ちゃんと解明されていて自分の心と対照することができると感心し、その世界に馴染むことができた。ブッダ天上天下唯我独尊を想像することができた。孤独であってもその境涯に居れば安心が得られるのだ。