開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

もう一つの人生

喧騒の時代の、遠い夏の日の午後

M・Aは私の家を訪ねてきた

実家通いだった私の住所をどこで調べてきたのか

私はその時、家にはいなくてM・Aは母に会って私の名前を呼んだ

私がとりあえずどんな所に住んでいるのかを

確かめにきたのだろうか

私の母にどう自己紹介したのだろうか

同じ大学に行っていることしか

知らないわけだから

母がなんと思ったのか

あとで私はそれを訊かなかった

私はそれまでM・Aのことを

東京の自由な高校を出ていたことぐらいしか

知らなかった

私のある先輩は女闘士のようなイメージでM・Aのことを

私に匂わせた

何となく私とM・Aとは育ちが違う気がして

私はM・Aの所へ訪ね返そうとはしなかった

ずっとそれぞれの居場所の間に距離があった

卒業間際にあるイベントで受付をしていたM・Aは

じっと私の目を覗き込んだ

私は一時期関係を持っていた党派とは

つながりを絶っていた

M・Aは私のそんな態度を非難していたのかも

知れなかった

あれから随分と時間がたった、というより

違う歴史ができてしまっていた

この前読んだ辻井喬の「落葉」の二人になぞらえて

もう一つの人生を想像することもできるかも知れない

FBに載っていた市民活動家のM・Aの顔はすでに

温和なオバサンの顔になっていた

今日一日、私はM・Aの名前を繰り返し

心の中で呼んでいた

もし私がM・Aと一緒に暮らしていたら

どんな人生になっていたかを心に描いた。