喧騒の時代の、遠い夏の日の午後
M・Aは私の家を訪ねてきた
実家通いだった私の住所をどこで調べてきたのか
私はその時、家にはいなくてM・Aは母に会って私の名前を呼んだ
私がとりあえずどんな所に住んでいるのかを
確かめにきたのだろうか
私の母にどう自己紹介したのだろうか
同じ大学に行っていることしか
知らないわけだから
母がなんと思ったのか
あとで私はそれを訊かなかった
私はそれまでM・Aのことを
東京の自由な高校を出ていたことぐらいしか
知らなかった
私のある先輩は女闘士のようなイメージでM・Aのことを
私に匂わせた
何となく私とM・Aとは育ちが違う気がして
私はM・Aの所へ訪ね返そうとはしなかった
ずっとそれぞれの居場所の間に距離があった
卒業間際にあるイベントで受付をしていたM・Aは
じっと私の目を覗き込んだ
私は一時期関係を持っていた党派とは
つながりを絶っていた
M・Aは私のそんな態度を非難していたのかも
知れなかった
あれから随分と時間がたった、というより
違う歴史ができてしまっていた
この前読んだ辻井喬の「落葉」の二人になぞらえて
もう一つの人生を想像することもできるかも知れない
FBに載っていた市民活動家のM・Aの顔はすでに
温和なオバサンの顔になっていた
今日一日、私はM・Aの名前を繰り返し
心の中で呼んでいた
もし私がM・Aと一緒に暮らしていたら
どんな人生になっていたかを心に描いた。