開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

空虚な感じ

最近、ふとした時に、電気ピアノの音楽が無性に聴きたくなって、「electric piano」と検索してYoutubeでいくつかの曲を聴いていた。今日偶然にその曲が現れた。偶然じゃなくて、Youtubeのレコマンド機能から出てきたのだろうが、50年ぶりくらいにその曲と再会した。Nat Adderleyの「Calling Out Loud」(electric pianoはJoe Zawinul)というアルバムに再会した。ぼくが中学3年か、高校1年の時によく聴いていたジャズだった。コルトレーンやマイルスなどのメジャーなプレイヤーじゃなく、確かキャノボール・アダレーの弟だったと思う。音楽の記憶はその当時の雰囲気を一緒に保存している。曲自体は軽やかなフュージョンで、電気ピアノはトランペットのメロディアスな進行のあいだを踊るように進行する。しかし、当時のぼくの雰囲気は海底に沈んで誰一人助けに来ない暗いものだった。村上春樹の小説はほとんどを定年後読むことになるのだが、その曲から思い出される当時の雰囲気は、彼の小説の井戸の中に降りていく場面や水流に飲み込まれる場面に似ている気がする。どこまでも自分一人だけ取り残されていく、長く細い空間をトボトボと歩いている感覚なのだ。しかし、その頃はまだ村上春樹など知る由もない。だから無性にさみしく、音楽だけが身にしみていたのだろうと思う。どうしてあの頃そんなにさみしく、悲しかったのだろう?やっぱり世界文学全集を読み出していたからだろうか?ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」には少年のそういう雰囲気があったような気がする、、、

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