開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

「変身」は究極の引きこもり小説

カフカ「変身」が我が読書会の今月の課題本に取り上げられた。ぼくとしては読むのは2回目になる。この世界的な名作はすでにおそらく研究し尽くされていると思われる。だからグレゴール・ザムザはどうして毒虫に変身させられたのか、などの謎は様々な解釈がなされていると思う。家族との絶対的な隔絶はあまりにも絶望的で、グレゴールの意識は日常をなぞっていて変身後の現実を受け入れられずに、人間に取り残されている。ひょっとして何かの拍子に人間に戻るかもしれないと淡い期待すら抱く。これはアウシュヴィッツに入れられたユダヤの人々の淡い期待のようだ。しかし、自分が毒虫に変身してしまった絶対的現実は認めるしかないから、嘆く暇もないほど体をとにかく動かして慣れようとする。、、、

グレゴールはカフカ自身だ。というよりもカフカが小説で設定したグレゴールの中に入って、書くと同時に生きようとした。これこそ小説という芸術形式だけが持つ、誇るべき空間なのだ。カフカは現実にはちゃんとした保険局の職員という社会人として生活している。だから引きこもりという病気からは免れていて、家族も養っている。しかし、小説を書くことには職業人として働く以上の価値を認めている。カフカは現代のような職業作家にはならなかった。ゴッホが生前に絵が売れなかったように、カフカも生前はほとんど本が売れなかったらしい。出版された本自体がほとんどない。死ぬ時の遺言では、作品を全て燃やして出版しないでくれと言われたらしい。彼は小説をどう捉えていたのだろうか?もし小説を書く能力がなかったら、カフカは部屋に引きこもったままで、力尽きた毒虫のように一人で死んで行ったかもしれないと思う。

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