開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

自分の歩く道

人生には自分用の道があるような気がする。これは68歳の自分が過去を振り返ってみて感じることで、正しいかどうかは分からない。自分の能力以上のことを求めたり、自分を変えようともがいていたりする時に、道に迷うことがある。新しい道が目の前に見えた時、チャレンジしてその道に進むことも悪くはないだろう。進むところまで行ってやっぱり違っていると感じたら、引き返せば済むことだろう。実際人生にはやってみなくては分からないことばかりだ。自分の場合は、マーケティングにハマった時とWebアプリケーションに興味を持った時がそのように思える。ちょうど中年にさしかかった頃で、ものになるには遅すぎていた。つまり若い奴には敵わない分野だった。でもそれに気づくまでには数年かかった。その道は自分用に出来てはいなかった。その道を歩く同行者はライバルばかりで、自分とは違う顔立ちをしていた。温かくなく、抜け目なく、道を譲るなんて考えられない奴らばかりだった。今いる場所は、みんな優しく穏やかで、どうぞお先にと譲ってくれる人ばかりだ。それはサラリーマンの時は市場にいて、退職してからは市場にいないからだ。市場には価格がついていて人間の能力をモノとして売らなければならないからだ。人間の顔が消えてゆくのも道理というものだ。これからの自分用の道はさらに人間的で、公共的な愛情に包まれた道になると思う。