開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

数年後の自分

むかし、企業の間でコーポレート・アイデンティティというデザイン絡みの経営手法が流行ったことがある。国鉄電電公社、専売公社などが民営化された時のロゴマークから新社名や経営理念までをトータルにリ・デザインするものだ。CIと略され、それぞれCI後JR、NTT、JTとなっている。そのCIの中にビジョンの計画化として5年後、10年後の姿を作成することもよく行われていた。その手法を個人に当てはめて、個人が5年後、10年後どうなっているかを作成するのをPI(パーソナル・アイデンティティ)とも言った。実はサラリーマンの時、その手法で自社のロゴマークと経営理念を作るプロジェクトの担当者になったことがある。今日ふと、では今の自分で5年後、10年後のビジョンを考えてみようと思ったのである。手法だから具体的なノウハウがあるのだけれど面倒なので省略するとして、数年後自分はどうなっているかを心の中の「確信」として今感じていることを書いておきたいと思う。キーワードは「公共性」である。文学は個人をベースにしているので、そもそも「公共性」とは馴染みにくい。文学よりも哲学の問題領域になると思う。これまでの文学志向から将来は哲学志向に転換していると思う。姿としては地域に哲学コミュニティとしてのミニコミ誌をつくることが浮かんだ。このイメージを核として事業展開できれば、5年後、10年後を構想できるはずだ。時間はたっぷりあるので、定年後の仕事として暇に任せてやってみたい。