開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

世界とぼくとの対面

いきなり突飛なことを言うかもしれないが、青春時がどの時代だったかでその人の価値観が決まってしまう気がぼくはしている。ぼくがサラリーマンの時に年下の社員と全く話が合わないと感じたのは、「世界」が彼らにはないと気づいた時だった。「世界」とは「状況」とか「情勢」という概念と結びついている。マスコミが報道するニュースとは違って、自分自身がしっかり結び付けられている同時代の関係内が世界という概念だった。ぼくの場合は、大学に受かって最初に学内キャンパスに入った時が「世界」と初めて出会った時だった。家とか親から離れて一応独立した意識が持てたことが、世界と出会えた条件なのかもしれない。書いて今気づいたが、世界は自由な意識に現れる、ということだ。ということになると、ぼくと数年以上年下の彼らには自由がなかったことになる。流石にそれはないだろうが、でも家族から離れる度合いはぼくらの同時代の方が圧倒的に大きいように感じる。それはひょっとして地方の人間が東京に上京することとも関係があるかもしれない。上京しなくても親元から離れることと、世界との出会いは強く結びついている気がする。

今、世界(状況)を見るとすると、まずはウクライナ情勢だろう。次が北京オリンピックIOCの問題で、次が台湾をめぐる中国、アメリカ、日本の動きになるだろうか。あとはコロナをはじめとした21世紀の異常環境変化の問題となるのではないかと思う。こうやって挙げてみると、日頃テレビのニュース解説で取り上げていることと何も変わらない気もする。違いはマスコミではその筋の専門家が解説するが、ぼくが取り上げるのは専門知識からではもちろんない。言ってみれば、ぼくという個人が今の時代に実存して、あくまでぼくの人生でどう世界と向き合うかを自分に問うにすぎない。世界を相手に自問自答する態度がどういうわけか、青春時に世界に出会ったばかりに、「ある」ということだ。テレビでの専門家の見方を参考にはするが、最終的には自分の判断を持つようにしている。

大きな世界の意識のトレンドは、ナショナリズムに向かっていると感じている。戦争に近づいているとも見えるが、厳密なリアリズムが働いていて20世紀のような熱狂とともにあるわけではないから、世界戦争にはならないと思う。日本について言えば、これは保守の人が言うように、戦後すぐのGHQの洗脳が徐々に解けて日本人のアイデンティティが取り戻される流れが続くと思う。それは自然な流れで特に保守回帰するということではないとぼくは思う。隠されたものはいずれ明るみに出るのだし、それに逆洗脳されないようにすればいいことだと思う。

f:id:hotepoque:20220220170010j:plain