開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

文学とは何か

おそらく、フロイトの「精神分析入門」を読んだことが影響して、文学の定義をひとことで言うことができる気がする。自分に腑に落ちる定義にこれまで出会わなかった。文学とは、現実に果たせない欲望を言葉の世界で果たすこと、というのがそれだ。フロイトの「精神分析入門」では、リビドーという心理学用語が使われているが、リビドーは欲動と訳されている。人間なら誰にも備わっている欲動がことさら強い人が、文学を創造できる。そうでなければ書くという苦行を自分に下し続けることは不可能だろう。だから小説では難なく実現されていることは、逆にいうと現実には実現不可能か、実現できずに終わったことなのだ。村上春樹の小説で都合よくセックスできているのは、実際はほとんどが果たされず、あるいは全くなかったことではないかとぼくは思う。小説は端的には嘘の構築であり、村上春樹はデビュー作の「風の歌を聴け」にデレク・ハートフィールドという偽の作家をわざわざ登場させているほどだ。あたかも事実であったような嘘の世界を作るのが文学なのである。そんなことは百も承知と言われそうだが、実際の小説には作家の実体験、つまり事実も含まれていたりするからややこしくなる。嘘ということにして真実を語って感動させたりするのだから、嘘も方便なのだろう。

さて、ぼくが今日のブログで言いたかったことは、ぼくも文学という嘘の世界がどうしても必要だと改めて思ったからだ。現実の日常は田舎にいるせいかもしれないが、あまりにも寂しくつまらないと感じて、今日はそれが死にそうなくらいだった。遠くウクライナで非人道的な爆撃が行われたという、ニュース画像が平和な自分の生きている環境との落差をもたらし、どこかでぼくの心理を苛立たせていた、、、