開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

「ビルマ 絶望の戦場」

日本人なら誰しも先の大戦第二次世界大戦、太平洋戦争、大東亜戦争)がなぜ敗北したかに関心があるはずだ。客観的に国力の圧倒的な差がある米国に対して、どうして戦争を始めてしまったのか。負けるとわかっていて始めたとしたら、負ける戦争の結果どのような犠牲を払うことになるのか覚悟はあったのか、どのような犠牲を払っても開戦するだけの理由があったのか。開戦の決定者は誰で、どのように決定されたか。等々シンプルな疑問が浮かぶ。その答えは戦後77年も経っているのだから、国民の多数が納得できる形になっているはずと常識的には思える。だが、ぼく自身に常識がないこともあるかもしれないが、国民の了解に至る回答がどのようなものなのか、公式見解というようなものがあるのか、ぼくは知らない。学校では現代史は習わなかった。侵略戦争だったということは習ったかもしれない。だったら、なぜ国際的に悪である侵略を始めたのかも理由がなくてはならない。開戦決定者に侵略(武力による現状変更)の認識があったのだろうか。

そんなことをNHKスペシャル「ビルマ 絶望の戦場」を見て思った。ぼくが一番許せないのが、インパール作戦敗退の後、イギリス軍とビルマ国軍合同軍との戦闘で、日本の最高指揮官が負けることが分かって戦地を放棄して行ったことだ。部下には絶対死守と言いながら本人は逃亡する、という考えられない木村という司令官がいたことだ。おまけにイギリス軍将校からは、日本軍は道徳的勇気がないと言われる始末。これでは日本国民として、そのような軍人を持って恥ずかしく、残念に思わずにはおれない。