開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

定年退職はしたけれど

定年退職はしたけれど、引退した気はしない。ぼくの人生でまだやり遂げていないことが随分ある気がする。大学を出て就職し結婚して家を建て定年まで勤めたが、何かが残っている感じがする。出世せず、仕事上の業績もなく、資格を持たず、これといった特技もない。お礼を言われたこと、褒められたこと、頼りにされたことが、記憶する限りの中では、無い。おそらく小さなことではあっただろうが、人並み以上の評価はなかった。だったら今まで生きてきた甲斐がなかった、とは言えない。誰かの役に立てたことがなくても、少しは周りに迷惑はかけたかもしれないけれど、これまで生きてきたことは否定されることはないと思う。妻とは離婚せず、何とか毎日飽きもせず暮らしている。おそらく食べていくこと自体が大変なことなのだと思う。生物的な発達、成長、維持を確保しながら、退屈を避けながら興味を持って生活すること自体が思っている以上に価値あることなのだと思う。ただの、普通の人の人生を愉快に、淡々と日々やるべきことを自信を持ってやり抜くことがいいのだ。それ以上でも、それ以下でもない、という心境を生きることなのだと思う。だから、今の現状を肯定し尽くすことが日々求められるのだ。、、、で、何が残されていると感じられるのか、に戻ろう。先の大戦の国民的総括と国家についての認識、再生すべきあるべき共同体の研究、自分の中にある快の確認とその表現などが思いつく。とにかく、今日のところは書き出せたことでよしとしよう。