開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

出逢いの予感

思えばずっと引っかかっていた。言葉と生きることのどちらが重要か。例えば、小説で美文が必要か。それとも事実そのものが生き方として凛としていればいいのか。削ぎ落とした文の余韻こそ真実を語るとか。どちらかと言えばぼくは社会派だった。究極的に戦争とか革命とか、生き死にの抜き差しならぬ状況が最大の価値の場所だと考えていた。しかしそれは不幸なのでそんな状況はなかなか訪れない。遠い情報の果てにしか、曖昧のままでしか、よくて数ヶ月の現実でしかない。そうならば本当に確実に在るといえるのか。在るが儘などに真実があるのか。妥協や自制や普通を装った人生など、どうでもよくないか。もっと言葉を生きてみようと、言葉を音楽や絵画や彫刻のように使ってみようと考えた。今日、ある女性詩人の名を知ってから。これまで生きてきて出逢いたかった人なのに巡り合わせがなかった人に思えた。その人に言葉の奏で方を教わろう。