開界録2019

ぼくの生きている実人生に架けられている「謎」を知ることから、一人で闘う階級闘争へ。

自分から離れるとどうなるか

ヘルマン・ヘッセの『デミアン』の中に以下の記述がある。

「利口そうなおしゃべりなんて、ぜんぜん価値がない。ぜんぜんないね。自分というものから離れてゆくばかりだ。分を離れてしまうというのは、罪悪だよ。ぼくたちは、自分の中へかめのこみたいに、すっかりもぐり込むことができなけりゃだめだ。」

ちょっとした少年のセリフといった感じの文章だが、ぼくには自分の考えや行動を戒める「格率」のように思えた。自分というものから離れてゆくことは罪悪という、道徳的な非難さえ含んだ強い悪事なのだ。ぼくはそれほど悪いことなのかと戸惑ったが、ずっと考え続けてきて、その理由がようやく分かった。自分から離れると、「嘘をつく」ことになるからだ。自覚なく平気で嘘をつくという迷惑を世界に与えるからだ。世界にというのは大袈裟ではない。今ぼくがブログで言っていることは、世界に広がることを制限していない。世界はいつでも自分にとって対象全般だ。今の世の中あらゆるニュースや解説にフェイクが混じっている。ウクライナの戦争がいつ終わると思いますかと、お笑い芸人に答えさせているテレビの時代だ。自分に答える資格がない時は登場しないことなのに、平気なのだ。

かと言って、ウクライナ戦争に目を向け自分の問題に引きつけ考え続けることは必要だと思う。いつ終わるかという観測はできる筈がないし、できる立場でもない。あくまで自分から離れないように、考え行動すべきというだけだ。