高校3年の春、ぼくはAと出会った。Aと一緒に生きたいと思った。その時心に刻まれた人生のコアみたいなものが、ぼくのその後を規制していたと今振り返って思える。具体的な職業ややりたい事が見えていたわけではないが、心の奥底で何か懐かしい感じのする、何処にもない故郷のような場所ができたような感じがする。それは就職することでは得られない、広い意味の芸術家の仕事のイメージである。後年、NHKの日曜美術館という番組で、セザンヌの工房が映し出されていたのを見たとき、静寂の中の情熱を感じたのだが、それが自分にとっての故郷の場所に思えた。ただ、画家という具体性はなく、詩人や音楽家あるいは陶芸家の工房でもよかった。それまでの読書との親和性でいうと、詩人が近いとなるだろうか。とにかく精神を集中して言葉でモノを作るというイメージがそのとき作られた。するとぼくはAというモデルに出会って、Aを言葉で描こうとしていた、というのが当時のぼくの精神だったかもしれない。少し近づいた気がする。Aをというよりも、Aに惹かれる自分の何かを描こうとしたのかもしれない。だから好きだと告げることではなかったのだ。