居間にある収納棚には下半分が引き出しになっていてタオルなどが入っているが、上半分は年賀状綴りやアルバムや料理本や卓上鏡や筆立てなどが雑然と置かれている。そこに母が呑む薬を入れた収納ボックスを入れるために、スペースを確保しようとして買いためたマスクボックスを取り出すと、奥の方にA5ぐらいの紙袋が出てきた。まだアルバムに貼り付ける前の写真が10枚ほど入っていた。自分が名勝長手岬の石碑の前に立っていた。長手岬がどこかすぐに分からず調べると佐渡島の南西部だった。結婚してから毎年のように金沢から近場をドライブ旅行していた時期があって、佐渡や能登や勝山や小浜などに行っていた。佐渡島を愛車ブルーバードSSSで横断した記憶はあるものの、長手岬という地名まで記憶になかった。ぼくは長髪で痩せていた。多分妻がシャッターを押していてその方を見ているぼくは穏やかな顔をしている。だが元気がないというか、覇気が感じられない。今の自分が見るとまだ自分自身になっていないように見える。あの頃はまだ生きる自信がなかったのだろう。サラリーマンだったが会社で出世してやろうという意欲がほとんど感じられず、会社をナメていた気がする。長髪なのはその現れともいえる。まだ気ままに遊んでいる風に見える。その頃は30代中ごろでまだ人生の壁には出会わず、写真で外側からの自分を見るのではなく、当時の内面を思い起こしてみると幸福感の中にいたような気がする。つかの間の平穏な、ゆるい人生の中にいた。初老にかかる今の方が一生懸命に生きていると思える。少なくともこころの豊かさは今の方があると感じている。